物語

ぼくが全力で書いたラブレター公開

リベラルクリエイター

目次

こんにちは、ようすけです。

この記事を見つけていただき、ありがとうございます。

この記事では、ぼくが考えている「文章」について述べます。

文章には「論文」と「手紙」の2通りがあります。

論文は、万人に伝えるのを目標にした文章。

多くの人に言いたいことを伝えることはできますが、人の感情を動かす力は少ないです。

一方で手紙は、特定の人にしか伝わりません。

でも、受け取った人の感情を強く動かします。

ぼくは論文より手紙のほうが好きです。

文章を書いたのなら、送った人に何かしら行動してもらいたいです。

ぼく自身がロマンチストなところがあり、心が動く文章に多く触れたいという想いもあります。

この記事では、ぼくが生み出した究極の「ラブレター」を公開します。

ぼくが結婚式2次会で妻に披露するため、仕事をしながら極秘で数日間かけて作成したラブレターです。

妻の名前を「あなた」に変え、原文そのままであなたに授けます。

結婚式披露宴二次会で疲労したラブレター公開

突然の手紙で驚いたかもしれませんが、

今日のこの良き日を迎えるにあたり、

ぼくの想い伝えたいと思います。

初めて出会ったのは仙台でしたね。

とても笑顔がステキで、強く印象に残りました。

また会いたいと思っていたとき、

あなたから「会いたい」と連絡がきたときは、

本当に嬉しかったです。

デートを重ねて、結婚観を語り合って、

あなたのことをもっと知りたいと思いました。

そして、告白しました。

福島市のゆず料理屋でした。

「いいですよ」

と言ってもらえたときは

それはもう有頂天でした。

それから、相馬市から東京へ転勤になりましたが、

ちょこちょこ福島市へ行って、

いろいろなところへ出かけました。

土湯のひさごカフェへは、

何度も足を運びましたね。

2人、カフェでおいしい食べ物や飲み物を

満喫しているとき、

安らぎを感じていました。

そして、新潟でプロポーズしました。

ちょうど1年前のことですね。

実をいうと、当時プロポーズは8月にある

新潟の長岡花火を見に行って、

そこでしようと考えていました。

でも、新潟の白山神社で2人くつろいでいたときに、

「来年度、仕事を続けるかを来週までに

校長先生へ伝えないといけないの」

と言われ、

言うなら今だと急遽考え、

その場でプロポーズしました。

頭が真っ白になっていたので、

気の効いたセリフが思い浮かばず、

「結婚しよう!」

としか言えませんでした。

結果的にOKしてもらえて、

安心しつつ、嬉しかったです。

とっても幸せでした。

その後、仕事で悩んでふさぎ込んだとき、

相談に乗ってくれてありがとう。

とても励みになりました。

今は東京で2人で生活していますが、

福島から出てきて、環境の変化等で、

まだ慣れない部分があると思います。

そんな中、毎日おいしい料理を作ってくれて、

本当に感謝しています。

いろいろな料理を作ってくれるので、

今日の夕食は何かなって、

日々楽しみにしています。

これから家族として共に過ごしていく中で、

不安に思ったり行き詰まったりしたときは、

ぼくに相談してください。

ぼくを頼ってください。

そして、あなたのそのステキな笑顔を

絶やさないように、

側で支えていきます。

これからの長い人生、

共に歩んでいきましょう。

よろしくお願いします。

ようすけより

あとがき

これがぼくの全力の「手紙」です。

今後一生、こんな手紙を書けるかわからないと感じるほど、全力をこの手紙に込めました。

結婚式前の数日は仕事が終わってから夜2時までかけて妻にバレないように、こっそり書いた手紙です。

この記事を書いているのは結婚式を挙げてから8年ほど経過したことになります。

2人の子宝に恵まれ、国際ロマンス詐欺に逢い「離婚」を言い渡され、発達障害を疑われ精神科で診断を受けたりと、いろいろ経験してきました。

でもぼくは結婚式で、

「60歳になったとき、妻から

『あなたを選んでよかった』

と言わせる」

ことを誓いました。

結局、妻と娘たちと別居することになり、今のところぼくの誓いは単なるリップサービスに陥ってしまってます。

ひとえにこれもぼくの力不足で、無念さを感じています。

ですのでこんなぼくの例で参考になるかは分かりませんが、これからあなたが書く「手紙」への参考に少しでもなれたのなら嬉しいです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

ABOUT ME
棚橋洋佑
棚橋洋佑
リベラルクリエイター
「リベラルクリエイター」として、リベラルアーツを学びながら得られた知見を各SNSで発信しています。似顔絵デザインサービスの個人事業主であり、人工衛星メカデザイン見習いです。 持病のパニック障害を持ちつつも、「Miracles come true」の理念の元に活動を続けています。
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