ぼくのこれまでと、この記事の理念をまとめてみた

はじめまして、ようすけと申します。

ぼくは今年にネットワークビジネスのことを知り、
今は会社員をしながら起業を目指して勉強をしています。

本業は機械エンジニアで、
機械設計や生産技術の工程設計が得意です。

今、勉強に取り組んでいるのが情報発信ビジネスで、
ブログ、メルマガ、Twitter、Youtubeを通して、ぼくの価値観を広めています。

簡単に自己紹介をします。

ぼくが情報発信に力を入れようと思った理由が、

頑張らなくても幸せになれる人を
1人でも増やしたい!!

と考えているからです。

その理由についてはこれから説明しますが、
その前に、この人だれ?っとなってると思うので、
簡単に箇条書きで自己紹介します。

  • 東北大学大学院にて航空宇宙工学を学ぶ。
  • ジェットエンジン製造メーカーにて11年半勤務。
    設計と生産技術のスキルを学ぶ。
  • その後、転職し、雑貨品メーカーで研究職として
    1年半勤務中。
  • TOEIC600点で、海外との英会話やメールやり取りを3年半経験。
  • 好きな芸能人は、タモリ、松山ケンイチ
  • 読書、映画鑑賞、自然に触れるのが趣味



と、こんな感じで航空機関係の機械設計を始め
色々な経験をしてきました。

ジェットエンジンの設計のような
珍しい業務を経験しながら、
なんで転職したのかと
不思議に思われた方もいると思います。

この時、
なぜ転職をしたかというと、

「会社員として生きていくことに
絶望を感じたからです。」

そんなぼくが、今の考えに至るまでの過去をざっくりまとめた年表を紹介します。

なんとなくでもどういう道筋をたどり、現在の状況になっているか分かると思うので、もし良かったら読んでみてください。

ようすけのプロフィール年表

0歳、3人兄弟の長男として新潟県にて生まれる。

9歳、声が小さく思ったことをすぐに口にする性格が災いし、近所の友達からいじめを受ける。毎日、学校登校時に「バーカ、バーカ」と言われる。このことで、思いを口に出さず我慢する癖がつく。

・13歳、卓球部に入るも部内での実力は常にワースト3内。体育の持久走でも毎回クラスビリを記録。また転校生がいじめられている様子をみて、助ける度胸がなく、ただ横で見ているだけ。そんな自分を毎晩近くの土手に行って責める日々だった。

・16歳、保育園から中学校まで同じクラスメイトで育った環境が高校に入って一変した。コミュ障だったため、一ヶ月は誰とも会話できずに過ごす。運動神経は相変わらず悪く、体育のサッカーの試合で自殺点をし、クラスメイトから「あいついらね~」と罵られる。

・18歳、高校3年生の中旬までは学年で中旬で英語は赤点を記録したこともあったが、両親の負担を軽減するため地元の国立大学である新潟大学へ進学することを決意。偏差値を50から60に上げて現役合格できた。

・21歳、部活の同級生の女性へ失恋し、空虚な心のままボンヤリ空眺めて見つけた飛行機に憧れをいだき、航空工学が学べる大学院へ進学することを決意。

・22歳、バイトをせずに奨学金で食いつなぎながら、昼は研究室での実験、その後夜中の2時まで大学院編入試験の勉強に費やす日々を過ごす。お金が無いので、30円のパンの耳セットを夕食にしながら勉強を続けた。その結果、東北大学大学院へ合格。本当に嬉しかった。

・23歳、憧れの大学院で航空工学を学び始めるも、過酷な研究生活が待っていた。毎朝、指導教員に30分以上説教され、夜の12時を過ぎるまで研究室を出れない日々。また奨学金だけで家計をやり取りしていたため、帰宅後に夜の3時まで自炊し、朝8時前には家を出て研究室に向かう日々を過ごす。また同じく編入した同級生が指導教員の指導に耐えられず、鬱病を発症し退学した。同級生の支えになれなかった自分に無力感を感じた。

・25歳、厳しい大学院生時代を乗り越え、憧れの航空機関連メーカーに就職し、ジェットエンジン設計者となる。華やかな会社員生活を期待していたが、社内調整ばかりの仕事内容や、部署移転により片道1時間半通勤となり、毎日疲弊する日々を送る。航空機業界で働けている誇りも無くなり、現状に疑問を抱く毎日が続く。毎日先輩社員にフロア中に響く声で怒鳴られ、最寄り駅まで泣きながら帰った日もあった。

・29歳、社内異動により福島県相馬市に転勤となった。そこは工場で5分に1回電話が掛かってくる現場だった。夜9時過ぎまで、ときには日付が変わるまで帰れない激務の日々が続く。また東日本大震災を経験。工場内の内ガラスが次々に割れ、工場内は散乱した加工液によりアンモニア臭で充満。一瞬で地獄絵図となった。その日は夜に海に近い食事処で送別会を予定していたため、地震発生があと5時間遅れたら命が無かっただろう。今、生きていることが奇跡だと実感した。

・32歳、再び社内異動により東京勤務となる。そこで、上司からのパワハラを経験する。「お前のいいところが分からない」と言われたり、提出した報告書を自分で紛失したのに「お前が提出したくないのをオレのせいにしたいんだろ!」と言われる。当時は婚約していたため会社を辞める選択ができず、「軽症うつ」を患う。毎日、出社前に朝食を食べてはトイレで吐く日々が続く。また仕事も満足にこなすことができず、ミスをして社内の別のチームに悪影響を与える。その結果、先輩社員に椅子を蹴られながら「会社辞めろ!」、「殴らせろ!」と言われる。その後、毎日会社で先輩社員と顔を合わすたびに「まだ会社にいたのか!」と言われる。その結果、うつ病が悪化する。

・34歳、社内異動によりクレーム処理担当の部署になる。温厚な上司や同僚に恵まれた結果、軽症うつが完治。第1子にも恵まれる。しかし当時TOEIC300点台だったため、毎日海外からくる英語のクレームメール対応や英語の電話会議に四苦八苦する。またクレーム解決には設計担当者の協力が必要だが、話を持ち掛けても毎回嫌がられる日々。仕事内容に嫌気がさし、毎朝出社前に朝食をトイレで吐く日々が再発。

・36歳、仕事の忙しさが増し、毎日23時過ぎまでエナジードリンクを飲んで仕事をする日々が続く。その反作用で土日は家で寝た切りとなっていた。妻や子どもと接する時間が一週間ほとんど持てず、何のために仕事を頑張っているのか意義を見出せなくなる。そんな生活に嫌気がさし、地元の新潟に工場がある会社へ転職。しかし内定受諾後に翌年からの東京勤務を言い渡される。この年、第2子が産まれる。また2年前から始めた英会話を続けた結果、海外の電話会議やメールのやり取りをスムーズにこなせるようになり、TOEICも600点を突破。

・37歳、さいたま市に住み、片道1時間以上かかる満員電車勤務が始まる。憂鬱な顔をした人達に揉まれながら通勤を続けるうちに、自分の人生に疑問を持ち始める。また仕事も経験のない業務を任され、戸惑う日々。プロジェクトリーダーの退職に伴い、業務の全ての責任を負う。試作品を作った結果、社内レビューでボロカスに言われる。結果、生涯2度目の精神疾患の「不安障害・自律神経失調症」を患い、休職生活が始まる。自分には会社員として人生を過ごすのが無理だと悟る。会社員以外で生計を立てれる過ごし方を探した結果、情報発信ビジネスの存在を知る。しかし、何を信頼すればよいか分からず、FX投資、MLM、アフィリエイト等、手広く手を付けるも結果は出ず。絶望を感じていたときに、情報発信ビジネスを行っている今の師匠と出会う。

・38歳、半年間休職したのち復職。情報発信ビジネスを「頑張らなくても幸せになれる人を1人でも増やす」という理念を叶えるため、活動中。

と、以上がぼくのざっくりとした過去です。

プロフィールにも書いたとおり、
ぼくは精神的に弱いですが
「頑張って」人生を歩んできました。

結果、体を壊しましたが、会社員以外の生き方を知らず、
真っ暗なトンネルに向かって進んでいる感覚でした。

でも、そこから情報発信ビジネスに出会って人生が変わり、
いまでは心の底から叶えたい目標もできて、
情熱を持って取り組むことができています。

この経験を通してハッキリ思うことは、
「どんな人間でも、正しい方向に進めば変わることができる」
ということです。

たとえ会社員生活が長くても、
年齢が40歳近くになっても、
満足しない生活を送っていても、

正しい戦略と努力さえあれば、
劇的に人生を変えられる

と思ってます。

ぼくは40歳近くになるまで、
「頑張る」ということを
間違った方向に使ってきました。

だからこそぼく以外の人には
「頑張る」方向性を間違えないでほしい。

はじめからちゃんと
「正しい戦略」と「正しい努力」で
最短最速で成功してほしいと願っています。

人生はいつでもやり直せる

人はいつ働けない状態になるか
分かりません。

明日、あなたが事故にあって、
仕事ができない状態になり、

職を失い路頭に迷う可能性も
ゼロではありません。

ぼくは東日本大震災を経験して、
そのことを強く感じました。

当たり前の日常が、
一瞬で破壊されることを知りました。

当時の知り合いの従業員の方で、
身近の大切な人が亡くなった方が
大勢いました。

でも東京転勤になり
周りの従業員を見渡しても
3.11の黙祷を誰もしない。

「あ、人って死ぬことを忘れる」
ってことを痛いほど思いました。

前の職場でふと周りを見渡してみたとき、
東大、京大、海外の大学卒業など
輝かしい経歴の方々が、

会社に縛れて苦しそうに見え、
様々な不自由に縛られて、
苦しい気持ちに囚われて生きている人とか、
すごく勿体ないと思っていました。

「せっかく頑張って有名大学を出たのに」って。

人生は一度しかありません。
時間は限られています。

ぼくは東日本大震災を経験して、
生きている時間の価値を学びました。

残された時間があるぼくたちは、
それを大切にしなきゃいけないと思います。

ぼくは、明日がくることがいつも
当たり前ではないなと思います。

一度きりの人生、
「頑張った」のに叶えられなかった夢とか
想いがあふれているままでは、

もしかしたら最期の時、
後悔が残るかもしれません。

ぼくは自分自身も妻も娘たちも、
ぼくに関わる周りの人にも、
できたら後悔はしてほしくありません。

最期の瞬間、心の底から
「いい人生だった」
と言える日常を送ってほしい。

だからぼくは、情報発信を通して、
一人でも多くの「頑張っている」人を
苦痛から解放したいですし、
日々に輝きを取り戻してほしいと思っています。

そうして、自分の人生を
心から楽しめる人が増えたら、

その姿は周りの人にも影響して、
魅力的な人が絶対増えるし、

社会全体で言えば、より良いサービスや
商品が増えて日本全体が活気付くことにも
繋がっていくと本気で信じています。

ビジネスの可能性が広がれば「頑張る」人がもっと減る

なんとなく、ビジネスを学ぶことは、
怪しいし、こわいし、友達や同僚に言っても
引かれるし、危ないんじゃないかとか
思っている人もいるかもしれません。

あるいは、すごく難しいとか、
元々センスや才能がある人しか成功できない
とか、先入観もあると思います。

でも、ぼくは2度も精神疾患になるほど、
メンタルの弱い人間です。

病気になってからのぼくは、
人の目をロクに見れず、
母親にも泣かれる日々を過ごしていました。

会社で何でもないメールを1本打つのに
1時間かかったこともあるくらい
文章力・コミュ力がありませんでした。

それぐらい最悪のところからの
スタートでした。

もちろん情報発信ビジネスの知識も技術も経験も、
何一つ持っていませんでした。

そんなぼくでも、
真剣に正しい努力を重ねた結果、
頑張らずに済む世界を手にすることが出来ました。

何をしたかっていうと、
ひたすら学んで、思考を鍛えて、
上手くいってる人の真似をしただけです。

別に運がよかったというわけでもなく、
これまでの経験から戦略の大事さに気付いていたし、

また、ありがたかったなと思うのは、

いまはインターネット
を皆が使っていて、

誰でも簡単にビジネス
を始められる時代


ということに気付けたことです。

体力がなくても、コミュ障でも、
人脈がなくてもできる。

むかしと違ってリスクを背負う必要はないし、


やろうと思えば今日からでも
ビジネスを始められます。

本当にだれでも、
成功を収めやすい時代です。

若い人は、学生のうちから起業とか、
個人で稼ぐのも普通になってきましたし、
中には20代前半で個人で億単位を
稼ぐ人も普通にいます。

一方でぼくのように、年齢を重ねた人で、
ネットやSNSに
強く抵抗がある方もいるかと思います。

支える家族がいて、
仕事や育児でまとまった時間が
取れない方もいるかと思います。

はじめこそ少し大変かもしれませんが、
軌道にのれば人生経験もフルに活きますし、

何歳からでも結果を出しやすいのも
ネットビジネスの強いところです。

ぼくは、このビジネスの世界を、
もっと多くの人に知ってもらいたい
と思っています。

様々な不自由を抱える人が
ビジネスを始めたら
生活や人生が変わると思いますし、

逆に勢いや志のある人が始めたら、
自由自在にお金を稼げるようになって
優秀な人がもっと増えると思いますし、

そうすると素晴らしいビジネスが増えて
世の中はもっと明るく面白く盛り上がって
いくんじゃないかと思っています。

満員電車で見るような
憂鬱そうな顔をして日々を過ごす人が、
少しでも減っていくと思っています。

ぼくは四季があり
1年を通して穏やかに変化する
自然豊かな日本が好きです。

なのでもっと日本が日本人の手で
豊かに活気付いていく未来ができる
ことが理想であり願いです。

例えばですが、

まだ注目されていない逸材や、
逸品やお店の存在を一気に広めたり、

アプリを開発して広めたり、

教材を作って販売したり、

自分の開発したサービスを届けたり、

埋もれてる天才をプロデュースしたり 、

インターネットはどこでも情報を伝えられるので
全国数千万に届けることができるし、
世界を相手に発信をすることもできます。

しかも、インターネットは
仕組みさえできれば、人を集める、
価値を広める、商品を売る、収入を得る、
それらすべてを自動化することもできます。

何もしなくても、ネットの仕組みが回り、
自分の代わりに仕事をしてくれます。

そんなことあり得ない、
と思うかもしれませんが、
戦略が正しければビジネスは自動化できるのです。

これができるようになると、
精神的にも、時間的にも、
かなり余裕が生まれます。

空いた時間で趣味をやったり、
大切な人とゆったりと時間を過ごしたり、
今まで出来なかった夢を叶えたり、
何か貢献をしたりしてもいいですね。

学びと成長。
ビジネスで人生は豊かになる

この年になってようやく気付いたのですが、
人間の悩みのほとんどは「お金」にまつわるものです。

お金がないから働くし、
時間がなくなるし、
気持ちの余裕もなくなるし、
ストレスが溜まって身体も壊します。

そして身体を壊しても、
お金がないと、治療も、入院も、
リハビリも、手術も、できないんです。

だから、本当の意味で自由になるためには、
まずはお金の問題を解決することが一番。

ちゃんと戦略を組んで、
インターネットの力を使えば、
すぐに食うのに困らないくらいのお金は稼げます。

そして、お金を自分で稼げるようになったら、
頑張って仕事をする必要がなくなるし、
やれることの幅もグングン広がっていきます。

そうやって時間的な自由が手に入れば、
精神的にも余裕が出てくるようになるし、
気持ちに余裕があれば健康にもなれます。

そして、空いた時間を、
勉強とビジネスの実践に充てていけば、
人間的に成長できます。

そして何より自分の成長や
人生に対して前向きな人たちに
数多く出会うことができます。

日常の見えている世界も
人生も一気に明るくなるでしょう。

成功するのに
そんなに時間はかからない

「石の上にも三年」と言いますが、
成功するのに3年もいらないと思います。

2度の精神疾患を患った
メンタルの弱いアラフォーのぼくでも

半年~1年で大きく変われましたし、

ここからはさらに加速していく
イメージしかありません。

だから昔のぼくと同じように
「頑張らなければいけない」と思いながら
日々を過ごしている人に
「頑張らなくてもいい」世界が手に入ると
胸を張って言えます。

正しいものを選択し、
素直に学ぶ姿勢があれば、
ほんの少しの時間と努力で、
今いる世界を一転することができます。

だから、勇気を出して、
この世界に飛び込んでみてください。

あなたの成功をサポートするために、
ぼくが案内人になりたいと思っています。

そして成功したら一緒に
美味しいものを食べにいきましょう!

お互いに志を持って、
夢や将来のことを語り合えたら
最高に楽しいだろうなと思います。

ぼくが情報発信をする上で、
そうした未来や出会いが叶うことが
一番の喜びですし、私はこの瞬間が
楽しみで仕方がないです。

まとめると、

  • 人は短期間で頑張らなくてもいい世界を手に入れれる
    (メンタルの弱いアラフォーのぼくでも
    1年で変われた)
  • お金が全てではないけど、
    全てにお金は必要
  • 正しい戦略と正しい努力で
    最短最速で成功しよう
  • 成功したらぜひ一緒に
    美味しいものを食べましょう

ここまでがぼくの理念ですが、
これを叶えるために、
ブログとは別にメールマガジンで
発信をしています。

メールマガジンでは、
主に情報発信ビジネスの実践的な話をしています。

具体的には、

  • ネット上に資産を作り、
    収入を自動化する方法
  • 好きな時間に起きて、
    頑張る人生から解放される方法
  • お金と幸せを両立させるための考え方

これらを具体的にお話しています。

とくにかつてのぼくのように、

  • メンタル面に自信のない方
  • 仕事や育児で時間に融通のききづらい方

にとって、再現性の高い内容を意識しています。

情報発信に関しては、
今50万円をかけてコンサルを受けたり
教材を購入して勉強していますが、

そこで学んだ国内最先端といえる
手法や考え方も共有していきます。

メルマガ限定の企画もあるので
そちらも楽しみにしていてください。

このメルマガを通して最終的には、
あなた自身が情報発信ビジネススキルを習得し、
自由な人生を切り開く力を
身につけてください。

そして、ぜひ周りの人や世の中に
価値を与えられる人になってほしいです。

この出会いをきっかけに、
笑顔や幸せな感情のあふれる人生を送れる人
が一人でも多く増えてくれたら嬉しいです。

いまの現状にもどかしさを感じている人、
本気で人生に彩りを加えたいという人は、
ぜひ登録してみてください。

繰り返しになりますが、
何かを始めるのに年齢は関係ありません。

たった一度きりの人生、
最高に充実したものにしていきましょう!

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

(メルマガは現在作成中です)