ほしのおうじとして活動を始めて

はじめまして、ようすけと申します。

ぼくは「ほしのおうじ」を名乗り、SNSで自らデザインしたグラフィックアートを投稿しながら、表現活動をしている者です。

なんで「ほしのおうじ」なんていう恐れ多い名前を名乗っているかというと、Twitterで名前の案を募集したとき、もっとも得票数が多かったからです(汗

ぼく自身は自分を振り返ったとき、ぼくの感性や生き方は「マイノリティ」だなと感じています。

次にあまのじゃくな性格で他人に自分のことを言葉やジェスチャーで伝えるのが不器用なため、「アーティスト」として表現していこうと決めています。

他の記事では「ほしのおうじ」を名乗る以前に用いていた「マイノリティアーティスト」をと名乗っている場合があります。

アートを作成して日々感じていることは、

  • Twitter(メイン)
  • Instagram(メイン)
  • ブログ(たまに)
  • Facebook(たまに)

を用いて発信しています。

次に、簡単に箇条書きで簡単にぼくの自己紹介をします。

  • 31歳のときにうつ病になったのを機に、数十冊のうつ病関連の本を読了。
  • 当時うつの方を1人でも救いたいと考え、キャリアコンサルタントを目指し国家認定スクールを修了。
  • 37歳で2度目のうつになったのを機に、SNSで発信を始める。
  • 38歳でパニック障害を発症し、生涯3度目の精神病と向き合い中。
  • 好きな芸能人は、松山ケンイチ、タモリ、麻生久美子
  • 好きなアニメキャラは、ペルソナ3のエリザベス、OVERLOADのシャルティア
  • ムッツリスケベで妄想好き
  • あつまれどうぶつの森を愛して止まない
  • 趣味は、読書、ラジオ鑑賞、映画鑑賞、音楽鑑賞、自然に触れること
  • ぼくの前世の女性が愛したように、1人で丘の上に住み、お花を育て、産み出したアートを販売して生計を立てるのを計画中
  • HSP度「強」:HSP度数が104
  • 40歳で会社をクビになり、2人の娘をどうやって食べさせていくか模索中


と、こんな感じの人間です。

ぼくのプロフィール

次に、ぼくが今の活動に至るまでの経緯をもう少し詳しくまとめた年表を紹介します。

どういう道筋をたどり、現在の状況になっているか分かると思うので、もしよかったら読んでみてください。

少し長いので、興味のない方は飛ばしてくださいませ。

0歳、3人兄弟の長男として新潟県にて生まれる。

9歳、声が小さく思ったことをすぐに口にする性格が災いし、近所の友達からいじめを受ける。毎日、学校登校時に「バーカ、バーカ」と言われる。このことで、思いを口に出さず我慢する癖がつく。

・13歳、卓球部に入るも部内での実力は常にワースト3内。体育の持久走でも毎回クラスビリを記録。また転校生がいじめられている様子をみて、助ける度胸がなく、ただ横で見ているだけ。そんな自分を毎晩近くの土手に行って責める日々だった。

・16歳、保育園から中学校まで同じクラスメイトで育った環境が高校に入って一変した。コミュ障だったため、一ヶ月は誰とも会話できずに過ごす。運動神経は相変わらず悪く、体育のサッカーの試合で自殺点をし、クラスメイトから「あいついらね~」と罵られる。

・18歳、高校3年生の中旬までは学年で中旬で英語は赤点を記録したこともあったが、両親の負担を軽減するため地元の国立大学である新潟大学へ進学することを決意。偏差値を50から60に上げて現役合格できた。

・21歳、部活の同級生の女性へ失恋し、空虚な心のままボンヤリ空眺めて見つけた飛行機に憧れをいだき、航空工学が学べる大学院へ進学することを決意。

・22歳、バイトをせずに奨学金で食いつなぎながら、昼は研究室での実験、その後夜中の2時まで大学院編入試験の勉強に費やす日々を過ごす。お金が無いので、30円のパンの耳セットを夕食にしながら勉強を続けた。その結果、東北大学大学院へ合格。本当に嬉しかった。

・23歳、憧れの大学院で航空工学を学び始めるも、過酷な研究生活が待っていた。毎朝、指導教員に30分以上説教され、夜の12時を過ぎるまで研究室を出れない日々。また奨学金だけで家計をやり取りしていたため、帰宅後に夜の3時まで自炊し、朝8時前には家を出て研究室に向かう日々を過ごす。また同じく編入した同級生が指導教員の指導に耐えられず、鬱病を発症し退学した。同級生の支えになれなかった自分に無力感を感じた。

・25歳、厳しい大学院生時代を乗り越え、憧れの航空機関連メーカーに就職し、ジェットエンジン設計者となる。華やかな会社員生活を期待していたが、社内調整ばかりの仕事内容や、部署移転により片道1時間半通勤となり、毎日疲弊する日々を送る。航空機業界で働けている誇りも無くなり、現状に疑問を抱く毎日が続く。毎日先輩社員にフロア中に響く声で怒鳴られ、最寄り駅まで泣きながら帰った日もあった。

・29歳、社内異動により福島県相馬市に転勤となった。そこは工場で5分に1回電話が掛かってくる現場だった。夜9時過ぎまで、ときには日付が変わるまで帰れない激務の日々が続く。また東日本大震災を経験。工場内の内ガラスが次々に割れ、工場内は散乱した加工液によりアンモニア臭で充満。一瞬で地獄絵図となった。その日は夜に海に近い食事処で送別会を予定していたため、地震発生があと5時間遅れたら命が無かっただろう。今、生きていることが奇跡だと実感した。

・32歳、再び社内異動により東京勤務となる。そこで、上司からのパワハラを経験する。「お前のいいところが分からない」と言われたり、提出した報告書を自分で紛失したのに「お前が提出したくないのをオレのせいにしたいんだろ!」と言われる。当時は婚約していたため会社を辞める選択ができず、「軽症うつ」を患う。毎日、出社前に朝食を食べてはトイレで吐く日々が続く。また仕事も満足にこなすことができず、ミスをして社内の別のチームに悪影響を与える。その結果、先輩社員に椅子を蹴られながら「会社辞めろ!」、「殴らせろ!」と言われる。その後、毎日会社で先輩社員と顔を合わすたびに「まだ会社にいたのか!」と言われる。その結果、うつ病が悪化する。


・34歳、
社内異動によりクレーム処理担当の部署になる。温厚な上司や同僚に恵まれた結果、軽症うつが完治。第1子にも恵まれる。しかし当時TOEIC300点台だったため、毎日海外からくる英語のクレームメール対応や英語の電話会議に四苦八苦する。またクレーム解決には設計担当者の協力が必要だが、話を持ち掛けても毎回嫌がられる日々。仕事内容に嫌気がさし、毎朝出社前に朝食をトイレで吐く日々が再発。

・36歳、仕事の忙しさが増し、毎日23時過ぎまでエナジードリンクを飲んで仕事をする日々が続く。その反作用で土日は家で寝た切りとなっていた。妻や子どもと接する時間が一週間ほとんど持てず、何のために仕事を頑張っているのか意義を見出せなくなる。そんな生活に嫌気がさし、地元の新潟に工場がある会社へ転職。しかし内定受諾後に翌年からの東京勤務を言い渡される。この年、第2子が産まれる。また2年前から始めた英会話を続けた結果、海外の電話会議やメールのやり取りをスムーズにこなせるようになり、TOEICも600点を突破。

・37歳、さいたま市に住み、片道1時間以上かかる満員電車勤務が始まる。憂鬱な顔をした人達に揉まれながら通勤を続けるうちに、自分の人生に疑問を持ち始める。また仕事も経験のない業務を任され、戸惑う日々。プロジェクトリーダーの退職に伴い、業務の全ての責任を負う。試作品を作った結果、社内レビューでボロカスに言われる。結果、生涯2度目の精神疾患の「不安障害・自律神経失調症」を患い、休職生活が始まる。自分には会社員として人生を過ごすのが無理だと悟る。会社員以外で生計を立てれる過ごし方を探した結果、SNSによる情報発信の存在を知る。しかし、何を信頼すればよいか分からず、FX投資、MLM、アフィリエイト等、手広く手を付けるも結果は出ず。絶望しつつも妻と娘を養うために会社への復職を決意。

・39歳、「女性恐怖症」が災いし、SNSで女性アカウントとちょっとしたトラブルが発生し、ひどく落ち込み、ヒプノセラピーを受ける。そこで女性恐怖症の原因を理解したが、変わりにセラピーで見た映像が原因でパニック障害を発症。妻に対してパニック発作を起こすようになる。その状況を改善したくて起業を志し、高額教材に手を出した結果として貯金が風前の灯火に…。妻からの信頼を完全に失い、妻と娘たちと別居することになる。そのショックでおよそ1年間、実家で引きこもって寝込む生活をする。人と接するのが怖くなったため、SNSをおよそ10ヶ月間放置。

・40歳、カウンセリングやリアル友人からの激励を受けて徐々に立ち直る。他人に自分の考えや思いを伝えるのが苦手な自分を克服するため、「ほしのおうじ」としてSNSで活動を始める。年末に休職していた会社から休職期間までにパニック障害を克服できなかったためクビを宣告され、現在にいたる。

と、以上がぼくのざっくりとした過去です。

現時点では無職になることが決まっており、今後どうやって人生をEditしていくか考え中という段階です。

ぼくは精神的に弱く、自分がマイノリティな人間ということに向き合うことから逃げて、とにかく他人から言われたこと、世間で常識と言われていることに対して「無思考で」努力するいい子ちゃん人生を歩んできました。

結果、3度、精神病を患いました。

でも組織の中で指示に従って周りに合わせる生き方しか知らず、「このまま人生終わってしまうのか、つまらないな……」と思いながら人生を歩んでいました。

図.短歌アート

「今」を大切に生きる

人はいつ働けない状態になるか分かりません。

生涯3度の精神病を経験したぼくは、この事実を痛いほど理解しています。

他にも明日事故にあい、仕事ができない状態になり、職を失い路頭に迷う可能性もゼロではありません。

そしてぼくは「東日本大震災」の経験者です。

当たり前の日常が、一瞬で破壊されることを知りました。

当時の知り合いの従業員の方で、身近の大切な人が亡くなった方が大勢いました。

でも東京転勤になり周りの従業員を見渡しても、3.11の黙祷を誰もしない。

「あ、人って死を身近に感じても忘れるんだ…、それとも怖いから忘れたがる生き物なのかな?」

という思いをいだきました。

前の職場でふと周りを見渡してみたとき、努力して内定を勝ち取り、これから会社で貢献し、よい社会にすると目を輝かせていた同僚が、

会社生活を過ごすうちに様々な不自由に縛られて、苦しい気持ちに囚われ、死んだような目になっていく様子を見てきました。

「せっかく目標をもって会社に入ったのに、高いスキルで社会に価値を与えられるのに、すごくもったいない」と思いました。

人生は一度だけ。
時間は限られています。

ぼくは東日本大震災を経験して、生涯3度の精神病で何度も希死念慮を抱いた経験から、生きている時間の価値を学びました。

「今」を生きる大切さを学びました。

ぼくにはまだ残された時間がある。

ぼくは、明日がくることが当たり前ではないと信じています。

なので、今の全力で感じたことを表現したい。

そして共感いただける方と、生きているうちにたくさんつながりたい。

やがて命尽きる瞬間、心の底から

「いい人生だった」

と言える「今」を過ごしたい。

だからぼくは、アーティストとして発信活動をしています。

図.短歌アート

自分の価値を死ぬまで信じられる自分でいたい

ぼくは3度も精神疾患になるほど、メンタルが弱く、疑いやすい人間です。

病気になってからのぼくは、人の目をロクに見れず、母親にも泣かれる日々を過ごしていました。

精神病を患っているときは、会社で何でもない100字程度のメールを1本打つのに1時間かかったこともあるくらい、文章力・コミュ力がありませんでした。

39際でパニック障害を患ったときに母親から、

「お前は狂っている!」

「絶縁だ!」

と呪いをぶつけられたこともあります。

「マイノリティ人間」なため周囲から全く理解が得られずに、孤独感をずっと抱いていました。

そんなぼくにとってありがたかったと感じるのは、

いまはインターネットをみなが使っていて、誰でも簡単にSNSでつながることができる時代

ということに気付け、そんな時代に生きていることです。

リアルでは周りに理解されないぼくですが、SNSを通じて

  • 同じように精神病で苦しんでいる方
  • アートを発信している方
  • 生きるマインドを教えてくださる方

などの仲間とつながることができます。

もしぼくが第二次世界大戦前に産まれ、兵隊として出兵していたら間違いなく無能な兵士となり早死にしていたはずです。

マイノリティなぼくにとって、軍隊で生きることは無理です。

SNSがある今の時代に巡り合えたぼくは、幸運だと感じています。

会社から休職期間満了によるクビを宣告され、今はどう人生をEditしていくか考え中です。

まとめ

ぼくは四季があり、1年を通して穏やかに変化する、自然豊かな日本が好きです。

そんな土地に生まれ育つことができたことに幸運を感じています。

プロフィールのとおり、2020年の9月に妻と子供たちと別居することになり、当初は自分の情けなさに自己不信に陥ったり、妻や周りの家族に怒りを覚えたりしていました。

でも1年近くそのような思いと向き合った結果、ぼくは1人がふさわしい人間だと今は理解しています。

ぼくは聴覚過敏のため音に敏感で、子どもの鳴き声を聞くと身体が震えます。

枕元で携帯電話を充電すると、その充電音で夜は眠れなくなるほどです。

それにぼくは人とは異なる感性を持っており、一般の人なら許容できる世の中や組織の理不尽さに不寛容だったりします。

それに気付かせてくれた妻には、今は感謝しています。

(妻へのわだかまりが完全に消えたわけではなく、妻と接することでパニック発作も未だに発生しますが…)

今は会社から退職勧告を受け、今後どうすればよいか考えが整理できていません。

何年先になるかはわかりませんが、いずれはアート表現で生活費と養育費を稼げるようになり、静かな場所で時間に縛られず、一人暮らせる状況を目指します。

それまで、顔晴って生きていきますか!

たった一度きりの人生、最高に充実したものにしていきます!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

POSTED COMMENT

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